花屋さんの店頭に真っ赤なポインセチア(Stella di Natale クリスマスの星)が所狭しと店頭いっぱいに並び始めました。もうクリスマスです。大人も、子供も待ちに待ったクリスマス。こんな言葉があります。Natale con i tuoi、イタリアではクリスマスは家族と一緒に過ごす、という意味です。
クリスマスにはそれぞれ離れて暮らしている家族達も、たとえほかの都市に住んでいても、たとえ1000キロ離れたところに住んでいても、クリスマスにはMamma(お母さん)の下に集まり、家族そろってテーブルを囲むのです。イタリアは、キリスト教カソリックの国。クリスマスは一番大切な祝日です。
12月8日Immacolata(聖母マリアの無原罪の御宿り)前後に各家庭ではクリスマスツリーを飾ります。その下にはプレセピオ、これはキリスト誕生の場面を表し、聖母マリアとヨセフの像の間には、小さなキリストの像が12月24日の真夜中12時に置かれます。聖家族だけのものから、東方3博士を加えたもの、更に羊飼い、羊、牛、ロバなどベツレヘムの町をそれぞれミニチュアの像で再現される大掛かりなものまであります。ローマ市内では大きなプレセピオが、サンピエトロ広場、ナボーナ広場、スペイン階段、各教会に飾られます。
そしていよいよ全家族集合の12月24日イブの夕食、25日クリスマスの昼食、26日聖ステファノ(キリスト教で最初の殉教者)の祝日までお祝いが続きます。主婦は大変。何日もかけてメニューを考え、一週間かけて買い物をして(最近はスーパーも祝日に開いていることもあるので、足りなくなったものは買いに走ります)、家中のお掃除、テーブルセッテイング、お料理、そして片付けです。大家族のところは軽く15人は超します。そのための食器もすべて準備します。オードブルから、デザートまでかなりの量です。台所はまるで戦場状態、お財布はますますやせ細って、疲れます。
まず24日の夕食、この日は肉類は食しません。すべて魚料理になります。イタリア全土各州によってそれぞれ好まれるメニューがありますが、ここラッツイオ州では、capitone、オオウナギがこの日は登場。ただ蒸して酢漬けのような料理法で、やはり日本のうなぎの蒲焼は最高、と毎年改めて実感してます。まず、お祈り、そしていよいよ始まるオードブル、パスタ、メインデイッシュ。やっと終わるとイタリアのクリスマスケーキのパネットーネ,スプマンテで乾杯。テーブルにはトルローネ(ヌガー)、くるみ、ナッツなども並びます。そしていよいよ、ツリーの下に並べられたプレゼント交換、子供たち(たぶん大人も)にとって待ちに待った時間です。その後は、子供からお年寄りまでみんなで楽しめるクリスマスの代表的ゲーム、トンボラ(数字を並べるビンゴ風ゲーム)が始まります。横5列と縦3段階に分かれ1から90までの合計15の数字が書かれているカードを手許に適当に選ばれた数字が読み上げられ、自分の選んだカードに読み上げられた番号があるか無いか、緊張した???(大人たちは単調なこのゲームに半分眠っています。子供とお年寄りたちは真剣です)雰囲気の中で進められます。もちろん,夜10時には敬虔なる信者は近所の教会のクリスマスのミサに参列します。バチカンサンピエトロ大聖堂ではローマ教皇のミサが行われ衛星放送で全世界に放映されています。凍るような深夜、お腹いっぱい、手にはプレゼントをいっぱい抱え、遊びつかれ眠ってしまった子供を抱いて、A domani! また明日!といいながらそれぞれの家路に着くファミリーたちです。
翌日 眠い目をこすりながら25日の朝を迎えます。数時間後、再び家族がそろいテーブルを囲みます。この日は昼食になります。トルテリーニのスープ、またはラザーニャ、子羊の肉料理などがローマクリスマス定番メニュー、何時間もかけて、また延々とおしゃべり(あらゆることが話題になります、メニューのことから政治、経済、サッカー、テレビ番組、親戚の隣人のバカンスの過ごし方まで)、更にまた食後ゲームを楽しんで家族の絆を改めて再確認するのです。26日は従兄弟たち、友だちも更に加わり、ますます家族の輪が広がっていきます。同じイタリアでも南にいくほど家族のつながりが更に強いようです。
12月31日、大晦日はコンサートに出かけたり、友達と新年迎える人たちもたくさんいます。
1月6日Epifania (救世主の御公現の祝日)までがクリスマス、子供たちには、またプレゼントが待ってます。良い子たちはBefana (御公現祭の前夜にホウキに乗って子供に贈り物を届ける老婆 )がお菓子、黒い炭のような砂糖菓子をいっぱい詰めた大きなソックスをクリスマスツリーの下に届けてくれます。
イタリアの子供たちは、クリスマス、ベファーナと2回もプレゼントが待ってます。昔、夫が私にべファーナのお人形をなぜか? プレゼントしてくれました。この日が過ぎると苦労して飾りつけたクリスマスツリーを片付け始めます。また家族もそれぞれの普段の生活に戻っていきます、次のクリスマス、また家族全員が揃って集まる日を楽しみに。
私の夫は3人兄弟。彼の両親が健在であったときは、家族全員集合,両親を中心にそれぞれの兄弟たちの家族がテーブルを囲み、息子たち、優しい?嫁たち、かわいい孫たち、更にひ孫に囲まれ、時には従兄弟たちも参加し軽く20人を超すそれはそれはにぎやかな典型的な大家族イタリアンファミリークリスマスでした。姑の作るお料理は最高で、80歳を過ぎても多人数の食事の準備はお手のもの、テーブルに乗り切らないほどのお料理が次々と並んだものでした。そう、典型的なイタリアのお母さん、マンマでした。
今は私達が主流になり、家族が集まる楽しさ、大切さを伝えていこうと思います。
三浦礼子